別の方法で決着をつける

今回のサッカーワールドカップも色々な意味で話題になりました。

別な方法での決着

ワールドカップといえば、サッカーが先駆けて行なっておりました。
そのサッカーワールドカップが最近終わり、色々と話題になりました。
ワールドカップに限らず、オリンピックも同様ですが、商業化路線をひた走り、今回のワールドカップ決勝では、規定で定められている前後半のインターバル時間を延長して、エンターテイメントを行ないました。
また政治とのつながりが如実に現れ、FIFA会長と米国大統領との蜜月な関係と、その対応も話題になりました。

それでもワールドカップは国際平和の一翼を担っていると感じます。
商業化路線や政治とのつながりなどは、平和のイベントを台無しにしそうで、嫌な感じがします。
このため、いつまでその役割を続けられるかわかりませんが、私は少なくともこのようなイベントが戦争を始めとする争いの抑止力になっていると考えます。

切り口を変える

戦争は、相互に人を殺しあったりすることになるため、正当化されるべきではないです。
この戦争の代替的な役割をするのが、別な方法での決着、たとえばスポーツの国別の大会だと思います。
争いが起きると、直接、からだ同士をぶつけ合うだけではなく、道具や機械で相手を傷つけたり、威嚇したりするところまでエスカレートすることがあります。
これがひどくなると戦争となります。

勝つことが目的であるならば、からだ同士をぶつけ合うだけで、殺す必要はないでしょう。
そのように切り口を変えて、国同士の争いをスポーツでの争いに置き換えていると考えることもできるのではないでしょうか。

切り口を変えてみることは、とても大切です。

税金の納付とは

話がだいぶ飛躍してしまいますが、税金の納付においても、切り口を変えて考えることで、税金を支払う義務に対する心持ちもかなり変わります。
税金でお金がとられると考えてしまうと、それを逃れる方法に目がいってしまいます。
租税回避という脱税と節税のぎりぎりのところを模索したり、脱税そのものを画策してしまいがちです。

そのような考えではなく、お金を国に還元(もど)して、社会のために使ってもらうという考え方をすれば、税金を払うことに対して、それほど抵抗も無くなるのではないでしょうか?
社会に対する寄付の一種として考えることができれば、自身の肯定感も高まり、進んで納税する意欲も湧いてくると思います。
自分自身が支払っているときも、そのような気持ちで支払って、ひとりで納得しておりました。
精神的にだいぶ楽にはなります。